はじめに
「ピラティスは胸式呼吸で行う」と聞いたことがある方も多いと思います。
でも、「胸式呼吸って交感神経が働いて緊張しそう…」と感じる方もいますよね。
実際、胸式呼吸=交感神経が優位になるのは確かです。
でも、それこそがピラティスが“集中と安定”を生み出す理由でもあります。
今回は、理学療法士・ピラティスインストラクターの視点から、
「胸式呼吸と交感神経の関係」そして「なぜピラティスで胸式呼吸を使うのか?」をわかりやすく解説します。
胸式呼吸をすると交感神経が働く理由
胸式呼吸とは、肋骨の間にある「外肋間筋」などを使い、胸郭を広げて空気を取り込む呼吸です。
この呼吸は浅く、速くなりやすく、身体を“戦う・逃げる”モード(fight or flight)にする交感神経を刺激します。
研究でも、浅く速い呼吸は心拍数を上げ、血圧を高めるなど、交感神経活動を強めることが報告されています(Jerath et al., 2006)[1]。
一方、腹式呼吸(横隔膜呼吸)はゆっくり深く息を吐くことで副交感神経が働き、リラックスモードになります(Brown & Gerbarg, 2005)[2]。
つまり、
胸式呼吸 → 集中・緊張・覚醒
腹式呼吸 → リラックス・休息
という自律神経の作用があるのです。
でもピラティスの胸式呼吸は“浅い呼吸”ではない
ここが誤解されやすいポイントです。
ピラティスで行う胸式呼吸(lateral breathing)は、
「肋骨を三次元的に広げる」呼吸です。
つまり、浅く速い“ストレス呼吸”ではなく、コントロールされた深い胸式呼吸。
この呼吸では横隔膜の動きを完全に止めるわけではなく、
腹部を軽く引き込みながら胸郭を大きく動かします。
結果として、
横隔膜・腹横筋・骨盤底筋・多裂筋といった体幹のインナーユニットが連動し、姿勢を支える基盤を作ります(Hodges & Gandevia, 2000)[3]。
なぜピラティスは“リラックス”よりも“集中”を選ぶのか
ピラティスの目的は「リラックスすること」ではなく、
“動きをコントロールして姿勢を整えること”です。
そのため、完全に副交感神経優位(リラックス状態)になるよりも、
交感神経を適度に働かせて集中力と安定性を引き出すことが大切になります。
呼吸とともに交感神経が軽く働くことで、脳が「覚醒状態」になり、動きの精度が上がると考えられています。
実際、呼吸と注意・集中を司る脳領域(前頭葉)は強く関係しており、意識的な胸式呼吸が集中・覚醒レベルを上げることが報告されています(Critchley et al., 2004)[4]。
ピラティス呼吸で“集中と安定”を同時に得る
ピラティス呼吸の魅力は、
- 深く、でも力まない
- 集中しながら、落ち着ける
という絶妙なバランスにあります。
腹式呼吸ほど副交感神経に傾かず、浅い胸式呼吸ほどストレスも高くない。
その中間にあるのが、ピラティス呼吸=コントロールされた胸式呼吸です。
この呼吸によって、
- コアの安定性
- 胸郭・肋骨の可動性
- 集中力・注意の持続
が同時に得られるのです。
まとめ
| 呼吸法 | 自律神経への影響 | 状態 | 適した場面 |
|---|---|---|---|
| 胸式呼吸(一般) | 交感神経↑ | 緊張・集中 | 運動・作業中 |
| 腹式呼吸 | 副交感神経↑ | リラックス | 休息・睡眠前 |
| ピラティス胸式呼吸 | 軽度交感優位+コントロール | 集中・安定 | 姿勢改善・動作トレーニング |
ピラティスが胸式呼吸を使うのは、
“緊張するため”ではなく、“コントロールするため”。
呼吸を意識的に操ることで、自律神経と姿勢の両方を整える。
これが、ピラティスが他の運動法と一線を画す理由です。
注意点
- 胸式呼吸が浅く速くなりすぎると、交感神経が過剰に働き首・肩の緊張が高まる。
- 「お腹を固める」ことを意識しすぎると横隔膜の動きが制限される。
- 練習後は数分間、腹式呼吸で副交感神経を戻してバランスを整えるのがおすすめ。
参考文献
- Jerath R, et al. Physiology of long pranayamic breathing. Med Hypotheses. 2006;67(3):566–571.
- Brown RP, Gerbarg PL. Yogic breathing and stress reduction. J Altern Complement Med. 2005;11(1):189–201.
- Hodges PW, Gandevia SC. Changes in intra-abdominal pressure during postural and respiratory activation of the human diaphragm. J Appl Physiol. 2000;89(3):967–976.
- Critchley HD, et al. Neural systems supporting interoceptive awareness. Nat Neurosci. 2004;7(2):189–195.






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