「ランニングには腹式呼吸が大事!」は本当?
ランナーの間でよく聞く言葉ですよね。
「お腹で呼吸して、リラックスして走るのが大事」と。
たしかに腹式呼吸(横隔膜呼吸)はリラックス効果や呼吸効率を高める上で優れています。
でも、実際に走っている最中に“完全な腹式呼吸”を続けることはほぼ不可能なんです。
なぜなら、ランニング中は呼吸量が安静時の10倍以上に増え、体が素早く酸素を取り込む必要があるから。
そのため、肋骨を広げて肺全体を使う胸式呼吸が主導になります。
つまり、「ランニング中に腹式呼吸がベース」というのは、
“横隔膜を意識的に使おう”という指導的な意味合いであって、
実際の呼吸パターンはもっと複雑なんです。
胸式呼吸がラン中の主役
ランニングでは、1分間の呼吸回数が20〜40回に増えます。
このとき、呼吸筋の中で最も働くのが肋間筋や胸郭の拡張に関わる筋肉です。
胸式呼吸のメリットは、
- 肺の上部・中部までしっかり空気を入れられる
- 短時間で酸素と二酸化炭素の交換ができる
- 呼吸リズムを走行リズムと合わせやすい
つまり、運動中の酸素供給能力を最大化するには胸式呼吸が必須なんです。
(出典:Powers & Howley, Exercise Physiology, 2020)
では腹式呼吸は意味がないのか?
いえ、そんなことはありません。
腹式呼吸の中心となる横隔膜は、呼吸だけでなく姿勢の安定にも関わる重要な筋肉。
横隔膜がしっかり働くことで腹圧(お腹の内圧)が安定し、
体幹がブレにくくなります。
つまり、
腹式呼吸は走るための「土台づくり」。
走っている最中に完全な腹式呼吸をすることは難しくても、
横隔膜をしっかり使えるようにしておくことは、フォーム安定・疲労軽減に大きく貢献します。
(出典:Hodges & Gandevia, J Appl Physiol, 2000)
理想は「胸腹式呼吸」=胸郭と横隔膜の協調
最新の呼吸生理学では、
「胸式でも腹式でもない、“胸腹式呼吸(diaphragmatic–thoracic breathing)”」が最も効率的とされています。
胸郭(肋骨まわり)と横隔膜が連動して動くことで、
- 酸素摂取量が増える
- 呼吸筋の疲労が軽減する
- 姿勢の安定性が高まる
これらの効果が確認されています。
たとえば、呼吸筋トレーニングを取り入れたランナーでは、
呼吸効率が向上し、タイムが改善したという報告もあります。
(出典:Illi SK et al., Eur J Appl Physiol, 2012)
胸腹式呼吸を習得するための3ステップ
① 胸郭を動かすストレッチ
肋骨の間の動きを出すために、
ピラティスの「胸郭拡張ストレッチ」や「胸式呼吸練習」を行いましょう。
👉 ポイント:吸うときに肋骨が横に広がる感覚をつかむ。
② 横隔膜を感じる腹式呼吸練習
仰向けになってお腹に手を置き、
吸うときにお腹がふくらみ、吐くとへこむ感覚を意識します。
👉 腹横筋と協調させる意識が大切。
③ 立位で胸郭と腹圧をつなぐ
立った状態で、胸とお腹が一緒に動く“360°呼吸”を意識します。
この感覚が、ランニング中の胸腹式呼吸のベースになります。
【まとめ】どちらが正しい?の答えは「両方」
| 状況 | 優位になる呼吸 | 主な目的 |
|---|---|---|
| 安静・ウォームアップ | 腹式呼吸 | リラックス・姿勢安定 |
| ランニング中 | 胸式呼吸 | 酸素供給・換気効率 |
| 理想 | 胸腹式呼吸 | 横隔膜と胸郭の協調 |
つまり、
「ランのベースは腹式」という言葉は、
横隔膜を使える呼吸を促すための“合言葉”のようなもので、
実際の走行中は胸腹式呼吸が最も理にかなっている、というのが科学的な答えです。
参考文献
- Powers SK, Howley ET. Exercise Physiology: Theory and Application to Fitness and Performance. 10th ed, McGraw-Hill, 2020.
- Hodges PW, Gandevia SC. J Appl Physiol. 2000;89(3):967–976.
- McConnell AK. Respiratory Muscle Training: Theory and Practice. Churchill Livingstone, 2013.
- Illi SK et al. Eur J Appl Physiol. 2012;112(9):3319–3330.





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